Berry in Lake ライトノベル含む読書感想など

ライトノベル含む読書やマンガの感想・レビューもどきなど

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

≪ 文章の読み 2 | ジェイソンさん ≫

文章の読み 1

 古いスレだけど面白い議論してるなと思ったので。

 読解力を身につける方法(アルファルファモザイク)

 文章の読み研究と対話の理解の研究は発想を同じくしている部分が多いです。状況的表象とか。とかく、この辺りを認知的にやろうと思うと究極的には「記憶」という領域になります。

 文章読解と記憶がなんの関係があるのかと思うかもわかりませんが、そういうもんなのです。ひとつはスレでも言われているワーキングメモリという観点、もうひとつは記憶表象という観点があります。つーか私はそれくらいしか知らんす。

 文章力をつけるにはとにかく本を多く読めという人と、本を読んでも無駄だという人があります。スレでも両方出てきています。これはたぶんどっちも間違いです。「本を多く読むだけでは無駄」が正しいかと思います。

 さて、私は読解力を身につけるにはどうしたらいいかはわかりません。つーか自身読解力はねーほうなので、言うべきことはありません。が、読解力の正体がなんなのか、くらいなら私の知識が及ぶ範囲ででっち上げることくらいは可能なように思います。めっさ長文。


1.ワーキングメモリ

 ワーキングメモリっつーのは、おおよそ「短期記憶」のことです。短期記憶のほうが古い言葉であり概念です。認知心理学にはコンピュータの発展に類推的にアプローチした歴史があります。認知をコンピュータの情報処理になぞらえて内的あるいは心的な認知過程のモデルを構築するといったもので、ワーキングメモリという概念はこの中で従来の短期記憶を取り込んで発展しました。

 で、これは結局何をしてるのかっつーと、記憶することが目的ではなく、一時的に情報を格納し処理するためのスペースです。細かいとこは研究者によって主張が異なるのでこれが正しいというモデルはないし、そもそも心的処理のモデル化なので説明が出来ればなんでも正しいと思いますが、少なくとも明らかになっているのはワーキングメモリには容量(あるいはそれにあたるもの)の限界があるということです。めんどくせーからワーキングメモリをWMと略記します。

 さて、何らかの情報を知覚器官から入力し、これを長期記憶に保存するか、別の情報と組み合わせて処理するためにWM内に保持しておくか、忘却するか、そんなことが行われる枠組みがWMです。たとえば数字の計算なんかはこの中で行われる作業です。

 WMの容量が制限されるというのは、たとえば古典的には無意味綴りの実験などで明らかにされます。これは短期記憶と呼んでた頃の実験だと思うけど。vjmcxqhみたいな意味のない綴りを記憶させる実験で、これが7(+-2)文字くらいを超えてくると途端に成績が下がります。このことから、文字なら大体7文字くらいがWMの限界だと言われます。いっぺんに扱うことが出来る情報の数に限界があるということです。

 ppaaggllddssmmだと14文字で倍ですが、これは2文字を1つのまとまりとして記憶すれば同様に覚えられますね。こうした意味のまとまりをチャンクと呼びます。WMの容量についてはこのチャンクという単位で論じられることが多いです。意味さえ持っていればpsychologyみたいな7字を超える単語でも1チャンクです。チャンクのまとめ方は各個人がとる方略に依存します。円周率のウン十桁まで暗記、みたいな芸は数桁を1チャンクとしてまとめる訓練を積んでいるのでできるわけです。それ以外のことに関しては特別記憶力がいいわけではない、みたいなことがザラですね。

 ここでようやく文章読解に戻ります。読むことで視覚的聴覚的に入力された情報を保持するのはWMの仕事です。しかし、文章をまるまるWM内に保持することは容量的に不可能です。たかだか数チャンクで文章を読むのは無理ですので、それを拡張する方略があるはずです。

 我々は本を読んで、その内容を覚えていたり、人に説明したりすることが出来ます。内容について考えたり、話すためにまとめたりすることは、長期記憶に入っている情報を、WMに引っ張り出してくることで実現していると考えてください。読解についても文章は膨大な情報の固まりなので、WMだけではもちろん無理で、情報を保存することを目的とした長期記憶と連携することで文章読解がなされていると考えることが出来ます。

 具体的には、文を読み、その意味するところは長期記憶に保存される。そしてWMに保持された概念をキーとして長期記憶を検索することで必要の都度引っ張り出し、WMの容量を節約しながら文脈を理解していく、と考えられています。PCがちょっとわかる人ならメモリのスワップみたいなもんだと思ってください。

 で、読解力って結局なんなのさというと、ここではまだ情報が不十分です。結果だけ言うと>>108の言っている「体系的にまとめる能力」というのがある意味核心です。

 WMに関してだけいえば、一応訓練によって強化することが可能なようです。私は方法がわかりませんが。それより「どうやってWMの容量制限の中で能率的に情報を処理するか」が重要なように思います。文章がごちゃごちゃしてて何を言ってるかわからんとか、何が重要で何がそうでないのかわからん、というのは情報の取捨選択が苦手なのだと思うのね。

2.既知の情報の利用

 とりあえず上の議論はおいといて、長期記憶とWMの連携という意味では活性化という考えを無視するわけにはいかない。しかしこれまためんどくせーので省略する。簡単に言うと、たとえば「記憶」と聞いて人が思い浮かべることはそれぞれ違う。けれどもその人が持つ記憶に関する情報に絞り込まれることは確かです。これに「認知」とキーワードを足すと、普通の人はわけがわからなくなり、心理学を知ってる人は「ああ」と思って、中でも認知屋の人は自分の専門領域を思い浮かべたりする。

 こんなふうに、長期記憶ってのはある情報を処理することで、関連する情報を優先的に(そして自動的に)WMに引っ張り出しやすくすることがある。これが活性化拡散つー考え方です。意識的な連想もそうだし、無意識にも強く影響します。

 ソースから例を一つ。

132 名無し生涯学習 :2006/11/24(金) 03:00:22

読解力に強いやつ頼む

「ニヒリズムでは、最大の力が最大の空虚と組み合わされ、最大の能力が何のためのものかについての最大の無知と組み合わされている」。人間が創造した科学技術が人間の行為の性質を根本的に変えてしまい、際限なき自然破壊や人間性疎外の状況を生み出してしまっている。

っていう文の解釈なんだが、最大の力と最大の能力の違いってなんなんだ?

この文章全体では、科学技術が人間にとって必要なものに使われるのではなく、お金儲けのために使われていて、金儲けのためなら臓器売買とか自然破壊とかを平気でしてしまう。それが人間の道徳心を壊しているという文なんだけど。ちなみにニヒリズムは「道徳的価値観の否定する立場」で空虚は「内容のないこと」と辞書で引いた。

 さてどう解釈すべきでしょうか。私が最初に考えたことは、この問題はこのままでは国語の試験には出せねーなということです。前後がないから。

134 名無し生涯学習 :2006/11/25(土) 01:01:53

物理学の法則から神を追い出されたのち、科学は人間の思惑といった人間性とは切り離されたことを前提に、漏れは上記の文をこう読んだ。

最大の力(科学)が最大の空虚(人間性疎外)と組み合わされ、最大の能力(人間の力)が何のためのものかについての最大の無知(目的意識や倫理観の欠如)と組み合わさっている」

 これは前提を勝手に付け足しているので国語の試験では点をくれねーと思いますが、読解力というのはこういうものだと思います。すなわち、だいぶ戻りますが、文章を読むとき、文章から入力して長期記憶に保存した情報と、自己が元々持っていた記憶情報とは区別がつかない。両方に対して検索が行われるのですから。しかもこういうのはある程度自動的に行われることなので、文章そのものの読解と個人の教養的バックグラウンドは不可分であります。これは次回触れるかも。

 よーするに何かの概念を咀嚼しようとするとき、自分が知ってることをツールとして利用する。それは読解力ではなくて知識があるかどうかだ、という反論もあるかと思いますが、無意識である場合もあるので認知的には区別しきれるものではない、ということ。

 ところで私なら>>132をこう読みますね。括弧内は私が筆者の意図するところであろう前提として付け足すものです。本文中のカギ括弧は意味不明ですね。引用なのかしら。

「人間が創造した科学技術が金儲け(が第一という人間の愚かな行為)と組み合わされることで、ニヒリズムは科学技術(あるいはそれを生み出す人の力)が本来的に達成すべき貢献を無視している」。すなわち人間が創造した科学技術が、(本来ならばその力によって人類の幸福に貢献すべき)人間の行為の性質を根本的に(金儲けに)変えてしまい、(結果として)際限なき自然破壊や人間性疎外の状況を生み出してしまっている(=道徳心が破壊されている)。

 こんなもんですかね。筆者はニヒリズムを否定する立場で、科学技術の人類あるいは地球環境への貢献を信じている人間だと思います。力と能力の違いは力=科学技術で、能力=人間が科学技術を生み出した力、あるいはそれによって発展へと貢献する能力です。科学技術の「力」が金儲けという「空虚な」目的のためだけに利用されることで、もっと大きなことを達成出来る「能力」を持つことに気づかないニヒリストを「無知」と呼んでいるわけでありましょう。後ろの文はパラフレーズとその結果であり結論です。

 前後を読まねーと実際のところはわかりませんが、こういう何かしら伝えんとすることがある文章ってのは繰り返しくりかえし同じことを言っているものなので、「いったい何と何が同じ概念なのか」「どれが前提でどれが結論なのか」なんかに注意して読めば読み解けるわけ。

 それをさっきのWMの話と絡めて言うならば、ごちゃごちゃしてるものをそのまんま覚えようとしても不可能なので、できるだけひとつにまとめてWMの容量を節約しながら読解していくことが肝要であるということ。チャンクのまとめ方略の問題ですね。そして、その手がかりとして自分の持っている教養が使われることがままあるということを次回書きたいと思います。元気が続けば。

 そういうわけなので、私がいい加減に書いた文章を人が読んで理解出来ないことがあっても、難しいからではなくて内容があっちへこっちへいい加減だからであります。つづく。

≪ 文章の読み 2 | ジェイソンさん ≫

コメント

コメントの投稿








いちるにだけ見せる

トラックバック

http://lilli1.blog98.fc2.com/tb.php/124-32d35d99

 | HOME | 

秋涼いちる

 ライトノベルから漫画から、一般小説、新書、果ては辞典までおよそ本の形をしたものなら何でも読む。

→ はじめまして

→ pixiv

RSS このブログのRSSを取得する

あわせて読みたいブログパーツ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。