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≪ [小説] 旅路 二 | [ラノベ] 狼と香辛料2 支倉凍砂 ≫

[小説] 旅路 一

 短編です。全三回。

 次回は明日更新。


「紫陽花が好きです」
 隣に腰掛けた少女は周囲をはばかるように囁いて、まぶしいものを見るようにほんの少しだけ目を細めた。紫陽花の季節には遅すぎる夏の昼下がりだが、窓から差すは生い茂った深緑からの木漏れ日で、照りつけられる背中にも柔らかだ。がたがたと揺れながら木々の間を進む列車に空調はなく、しかし開け放した窓から通り抜ける風だけで十分に心地よい。いや、より適当な言い方をするならば、この場にそういった人為が入り込む余地を僕は知らぬ。日差しは海の底から見上げたならばこのようであろうというように、行き過ぎる木々の葉の合間からきらきらと覗いている。風は手にとってみることができそうなほど、まるで絹のようにさらりとして、森閑としたこの車内に心地よく揺れる音の他、幾重にも輪唱される蝉の声や、せせらぐような葉擦れの音を届けてくる。この場において、僕という存在こそが弊竇であるとの感慨は、さほど行き過ぎだとは思われまい。

 少女はこちらにその小さな顔を向けると、僕の表情を伺うようにして上目遣いをした。その仕草にも、どこか遠慮がちな様子がある。僕たち以外に乗客のない車内である。彼女もまた、単純な言葉を使えばこの風流というものへ、闖入する意思のないことを態度にて表明したにすぎない。僕を見上げる彼女と目を合わせようとすると、彼女はその黒く澄んだ瞳の中に、何か見せてはいけない秘め事のあるかのように、ついと目をそらし、木々のきらきらへと視線を投げる。僕がどうして紫陽花が好きかと問うと、また静かな声で言う。
「欲張りですから」
 今度は窓外を見やったままで言った。行儀良く膝の上にのせたままだった手を気怠そうに持ち上げて、後ろで二つにくくった艶のいい黒髪を弄ぶ。白い肌とのモノクロームに、前髪を留めている赤いヘアピンのワンポイント。口は柔らかく結び、物静かな空気をまとって座ったままでいる。それ以上の言葉を紡ぐつもりのない様子なので、僕は一時夏の日を離れ紫陽花に思いをはせる。薄紅色や、もっと濃いものもあるが、先に思い起こされるのは夜明け前のような淡い藍色だ。小さな装飾花が集まっている様はそれだけで一つの花束のようだと言ってもいい。花壇に並ぶ背の低い緑色の中に水色の花束の点在するを思う。葉脈の一筋までくっきりとした葉に乗せた露が、朝日を浴びて静かな光を湛えている――。成る程、紫陽花が欲張りというのはそんな事情かもしれない。

「もう少し早く来ていたら、窓から沢山の紫陽花が見えたろうに」
 僕がそう言うと、少女は溜息を呑み込むように小さく「あ」という声をかみ殺した。僕は再び窓外に意識を戻して、流れ去っていく風景を眺めていた。


 続く

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[小説] 旅路 二

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秋涼いちる

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