Berry in Lake ライトノベル含む読書感想など

ライトノベル含む読書やマンガの感想・レビューもどきなど

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

≪ [マンガ] よつばと! あずまきよひこ | 一億三千万人のための小説教室 高橋源一郎 ≫

姑獲鳥の夏 京極夏彦

 だいたいこの世に面白くない本などはない。 ――京極堂


 そこまで達観できない私ですが、大変楽しめました。初京極。『姑獲鳥(うぶめ)の夏』京極夏彦、講談社。

あらすじ

 “京極堂”は延々緩やかな傾斜の続く坂を登り詰めたところにある古書店だ。足を踏み入れれば売り物であるはずの本を読みふけっている一風変わった男が主人で、本来の家業は宮司、憑き物落としを副業とし、店の名で京極堂と呼ばれている。

 梅雨も明けようかという夏のある日、京極堂の古い友人である関口が当の古本屋を訪れて言った。
「二十箇月もの間子供を身籠っていることができると思うかい?」京極堂はこともなげに答える。
「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口君」

 関口が持ち込んだのは古い病院をめぐる奇譚であった。出産しない妊婦、密室からの失踪。関口は怪異としか思えない謎の真相を探り始める。それは関口自身の封印された記憶の扉を開き――

 百鬼夜行シリーズ第一弾にして京極夏彦のデビュー作。

感想

 めっちょ身も蓋もない言い方をすれば、安楽椅子探偵もの。だがもちろんそれで言い切れるようなものではない。

 京極堂は一つのことを話すのに、最も効果的に遠回りをする人物である。関口と対話が始まるととかくに長い。だが退屈させず引き込むのは、圧倒的な知識量と論の確かさゆえだ。

 長話をさせて賢く見せるのは難しい。同じく講談社に西尾維新なる作家がいて、彼の『きみとぼくの壊れた世界』というのを読んだが、その探偵は三行で済むことを一頁かけて話すだけで、賢いと記述されているだけで描写されていない感じを受けたのだった。

 森博嗣のS&Mシリーズの(と言っても『すべてがFになる』しか読んでいないのだが)犀川先生は、本当に重要なことを一言さらっと言うタイプの天才だ。

 京極堂は違う。彼は一見遠回りをして、関係のなさそうなことを話しているようだが、その実は相手に自ずからわからせるという話術を使う。最後にあっさりと結論すると、これ以上なく納得してしまうわけだ。


 ミステリだと思うと最後に呆気にとられるかもしれない。というかある種禁じ手みたいなものだろう。面白いのはあえてそれをやった、ということそのものだと思う。

 世界を物質世界と内的世界に二分するというのはいかにも心理学的だ。私なんかは後者を指して広く認知の産物と言ってしまうが、ここではどちらかというと臨床心理学が想定している心理みたいなものを扱っている。「心理学は文学だ」と言ってしまうのも大変面白い。作品の時代背景を鑑みれば私もおおむね賛成する。


 講談社ノベルスで400頁ちょいは京極にしては割と薄い方なのか? といっても、凶弾に倒れたと思われていたジャックが思いがけずみんなの前に現れて、懐から取り出しながら「こいつのおかげさ」と言ってにやっと笑えるくらいの物量がありますが。まあ量の割に読みやすかったです。

 次は何を読もうかな。

関連タグ: 読書京極夏彦百鬼夜行シリーズ

≪ [マンガ] よつばと! あずまきよひこ | 一億三千万人のための小説教室 高橋源一郎 ≫

コメント

久しぶりにエロいだけじゃない所を見せようと真面目に書いてみたよ! 

京極堂シリーズは最厚の『鉄鼠の檻』から自分の中で何かが変わってくると思うよー(主にSッ気がMになるとか、ページ数的な意味で)
私がこの本(シリーズ)を読んで驚いたのは、既に答えに到達している人が仲間内にいると言うところでした。ただ、その人とは常人ではほとんど意思疎通ができてない。答えを言っているのに、周りの人(読者を含め)理解できていない。その方向に持っていくのが素晴らしくうまいと感じました。
また、掲示されている情報だけで事件の様相が掴みにくく、京極堂の話がヒントになるかと思いきや、最後まで読まなければその話すら事件との係わり合いがつかめない場合が多い。かといって、無駄な情報ばかりでなく、どこか繋がりがある点。ミステリとしては当たり前のことですが、ここに怪異を含ませることで、膨らませているんですよね。
一巻では微妙ですが、巻を重ねるごとにキャラクターの厚みも出てきますし面白いですよね、京極堂シリーズ。

あ、とりあえず。
榎木津は俺の嫁です。異論は許さないヽ(;`д´)ノ




>>苺バタケさん

途中で明らかに解答にたどり着いているのにそこから再びわからなくなっていくのは、「謎」を一括りにしてしまうからです。これも心理トリックと言えなくもないですが。
少なくとも『姑獲鳥の夏』では、榎木津と同時か、彼と敦子のやりとりの時点で“牧朗氏がどこでどうしているのか”はわかるようになっていますし、それに気が付かない原因も物質世界の限りにおいては推定できます。
上手いのはこの実際起きた出来事と内的世界の謎とを混同させながら進めるとこですね。榎木津が退場して木場シュウがさらに新しい視点を持ち込むとか。確実に問題を切り分けながらでないと何が何だかわからなくなる。
というか真実が複数あることを認めるところから出発するという点で古典的なミステリとしては破綻しているともいえるので、そこが楽しめるかどうかがポイントという印象でした。
そこが挑戦的でもあるし、ある意味ポストモダン的でもあり、こういう作品が出てくること自体は必然だったのかなあとか。

榎木津かわいいよ榎木津。
ある種キャラ萌え的要素もあるんですよねえ。CLAMPはやりすぎだと思うけどな!

コメントの投稿








いちるにだけ見せる

トラックバック

http://lilli1.blog98.fc2.com/tb.php/56-a2b3a103

 | HOME | 

秋涼いちる

 ライトノベルから漫画から、一般小説、新書、果ては辞典までおよそ本の形をしたものなら何でも読む。

→ はじめまして

→ pixiv

RSS このブログのRSSを取得する

あわせて読みたいブログパーツ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。