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マックス・ヴェーバー入門 山之内靖

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 ヴェーバーは早すぎた人だった。『マックス・ヴェーバー入門』山之内靖、岩波新書

 ヴェーバーといえば、人によっては「誰それ?」くらいの認識かもしれない。高校時代に世界史が得意だったなら名前くらいは聞き覚えているかもしれない。

 社会学に関心があれば決して避けて通れないビッグネームである。

 私なんかは行政学というか組織論から入って官僚制論の人、というイメージのほうが強いんですが、一般的には「『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の人」かな。

 この『プロテスタンティズムの(略』というのは、カルヴィニズムの影響があった国で資本主義が目立って発達したことは偶然ではなく、その信仰の内に根拠があったという論文です。この『入門』でもこの著作を通して宗教と経済の関係が取り上げられます。

 またヴェーバーは社会学の黎明期にあってその方法論の成立に影響を及ぼした人物でもあります。19~20世紀にかけて活躍した人で、めざましい業績は20世紀に入ってから。古代史とかの論文もあってスーパーマンっぽい人です。


 従来の(といってもこの本が1997年だから少なくともそれ以前の)正統派ヴェーバー理解というのはこうだ。西欧近代は他の文明原理と決定的に異なる、合理性という概念を持つと仮定して、「現世の呪術からの開放」という道筋でその発展を捉えた、というもの。

 ここには前提として、発展と時間軸を一元的に見る、進化的な歴史観というものがある。平たくいうと西洋すげー、他は遅れてる。という価値観。一方で、山之内はこれはヴェーバーが元来意図したところのものではないとした。

 ヴェーバーは社会学的手法に関して、「価値自由」を提唱しています。これは、社会学上のあらゆる命題には、ある種の価値判断が挟まれざるを得ないということを前提とする。従って社会学に用いられるモデルには、それがいかなる価値尺度を基準としているのかを明らかにする必要がある、とするものです。

 この点で進化的歴史観、あるいは西欧的合理主義の賛美という「価値観」は相対化されるべきものであることは明らかだ。山之内によれば、ヴェーバーはこの近代合理主義に必ずしも肯定的でなかった、むしろ強く警戒感を持っていたという。

 この点で、『マックスヴェーバー“入門”』というタイトルはちょっとおかしくね? という感じでもありますが、とにかく正統派的、古典的理解とは一線を画すヴェーバー像が描かれています。なかなか面白いし、これだけなら説得力がある気がする。気がするというのは、何しろ私は正統派ヴェーバー解釈をちゃんと勉強してない。網羅的とも言えないし、やっぱり入門書ではなかろうな。

 何も、ヴェーバーは近代合理主義の普遍性を否定はしなかった。むしろ、あらゆる文化的価値を排斥するものとして「破壊的な」普遍性を持つものであり、この点で「合理主義の普遍性を肯定」しながらも、それを「賛美」するのとは違う方向性の解釈をする必要がある、と大ざっぱにはこんな感じですかね。

 そういったことを『プロテスタンティズムの倫理と(略』の解読や、マックスの妻マリアンネによる伝記を資料として論証していきます。官僚制論にもちょっと触れて成る程なあ、という感じ。山之内の主張する内容がそのとおりなら、確かにマックス・ヴェーバーという人物は近代主義の限界に立っていた。いや、限界をとうに見極めていた。早すぎた人だったのだ。


 大変面白かった。が、とりあえず古典的なヴェーバー入門を探してきたほうがいいかしらん。

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