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≪ アルバナよ しんでしまうとは なさけない | 色々 ≫

金閣寺 三島由紀夫

 三島由紀夫は文章読本しか読んだことがなかったので、一つくらい読んでおこうと思っていた。だいぶ前に買ったのをようやく崩して読んだ。新潮社版……だけど昭和51年付けなのでさすがに巻末の解説とか差し替わってるのかなあ。

 1950年金閣こと鹿苑寺が焼けた事件に取材して書かれたもので、三島の代表作。

 三島の文章はもとより美文そのものなのだが、精読派にはこと美しく映るんじゃないだろうか。私はラノベ一冊読むのにだいたい4時間かかる。かための本だと倍くらいかかる。人の話聞いてるとラノベで2、3時間くらいというのが標準のようなので、だいぶ遅いほうだと思う。一応しっかり読もうとしているからなのだが、さて。

 『金閣寺』について言えば、たぶん朗読するくらいの早さで読むのがちょうどいいのではないかな。そうでないと頭に入ってこなくて戻るみたいな繰り返しになるかもしれない。洗練されすぎていて。

 その原因のひとつはたぶん、概念を弄ぶせいだ。巻末で佐伯彰一が法科論理的な理詰めの構成だと述べているのに同意する。事象から思想から、あらゆるものに象徴的意味を詰め込んで、詭弁的に(とおそらく言っていい)結論へ向かう。

 美の常世における顕現であり、美そのものでもある金閣。主人公は認識としての金閣と、現実の金閣を最後まで同一視しない。だからこそ焼かねばならぬのである。

 主人公の物理的・肉体的な個体としての『私』と、ありとあらゆる生を謳歌する者達の無力と虚無、物質としての形而下の金閣。対して、『吃り』に唯一の普遍的な自我同一性を見出す精神の私と、現実の金閣に重ねて現れる美しい『金閣寺』。ここの間のコンフリクトを延々描き、決着をつけるところで終わる。

 有為子の名が最後のほうで出てくることももちろん気まぐれではない。あれも死によって後者の一部となった存在として現れているわけで、三島の「理詰めの構成」が妥協なく敷き詰められていることを再認識させられる。

 観念的と評される部分でもあり、ある意味で理想主義的というか私の好きな部分でもある。


 さて、次は何を読もうかな。

関連タグ: 読書

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